ひとを「観る」ことが出来れば、
「いいひと」に出会える!
「あなたは、お父さんやお母さん、ご兄弟さんのあたたかい見守りの
中で...... 生きてこられた......だろう!?」
と、
ご老僧様がわたしの顔を覗き込みながら仰ったんです。
「まあ、....それは、それで....幸せな人生なんだよ。
しかし、そんな生き方をすることさえできないひとも.....この世の中に
はおられる....。
その辺のことを、よく分って歳を重ねないと.....どんどん、悩むことが
増えて、追い込まれてしまうぞ~。」
「よきにつけ、あしきにつけ....お父さんやお母さん、ご兄弟さんは.....
皆さは、とてもいいひと....なんだよ。」
......でも、俗世界では「そんなに、いいひとばかりでは....ないよ。」
ひとを見る....は、だれでも、していること。
さらには、相手の「目、表情、態度、声色など」で「こころ」を読むこ
とも、「いいひとと出会おうとするならば」また、必要である....。
「.....あなたにとって、拙僧はいいひとでは、ないかもしれない......。
しかし、あなたの意識を変え、向上心を起こさせることができれば
....いいひとに... 変わるかもしれないな~。」
「ひとを信じるのは、自分のエゴで、.....相手は信じてもらいたいとも
ちっとも思っていないだろう。
逆に、相手が信じてもらいたいと.....自分が感じることが出来るなら
ば.....いいひとと出会える可能性は、ある。」
『欲から入りて、欲に出る』......
「最初は、誰でも.....何んらかの欲があって.....ひとに接しようとする。
かっての、あなたもそうじゃろう.....
モノを買ってもらおう....という「欲」じゃ。
じゃが、.....
顔を突き合わせているうちに、「欲ではないもの」に変わることが
ある。それは、こころが通じつつあるからじゃよ。」
「お客さんの喜ぶ顔、一言が....うれしいいと感じる時には『欲』は
消えうせているんじゃ。その、気持ちを絶えず持ち続けることがで
きれば、本当にいいひとに出会うことができる。」
「日ごろから、ひとの一挙手一動をよく観察して、自分の鏡に写して
みる。そして、自分ならと....反省してみる。」
「かりに、あなたが誰か他人に、不義理をされたとしよう.....
けっして、その他人を責めてはいけない。
責めようとした自分を諌めなければならない。」
「....何も無かったかのように、あ、そうなんだ....と、また、前へ進め
ば、いいことであって、そこに、こころが留まる必然性は、ない。」
まあ、....
「これが、いいひとに接することができる、極意かな?
拙僧は愚僧であるがゆえに....その境地にはまだまだ、近づいておら
ん~。」
『ひとを見る、ではなく ひとを観る』.....。
また、また。
ですが、.....しばらくの間、聴講にゆきたく思いました。
つきましては、
投稿は不定期便とあいなります。
何卒、ご容赦のほどを。